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2009年 05月 31日
5:00起床、曇り。
今日で5月は終わる。 2009年の5月は生涯忘れえぬ月になった。 哀しみにいつまでもとらわれてはならない。 昨年の今日は人生を切り戻した。 今年の今日は序曲の終わりだ。 明日からいよいよ人生オペラが始まる。 人生オペラは創作ではない。 日々の暇つぶし三昧から生まれるものだ。 さあ、始めるぞ。 ▲
by wammy
| 2009-05-31 05:55
2009年 05月 30日
【問い】
神が存在するとして、神は自然のうちに存在するか、それとも自然の外に存在するか。 【答え】 神は100%自然のうちに存在する。 自然の外には存在しえない。 それでも自然の外に存在するというのは妄想である。 神は万物の創造主だという宗教もあるが、きわめて観念的であり納得性がない。 人類誕生以前のわからないことを神を持ち出すことによって辻褄合わせをしたに過ぎない。 自然は排他的ではない。共存共栄が自然界のバランスを保っている。 私の神とあなたの神は違う そのことを認め合い共存することが自然界のうちにある人間社会において必要なことだ。 神が自然の外に存在するという考えは自分達はいいがあなた達はだめだという排他性を 助長し、諍いの元になる。 ▲
by wammy
| 2009-05-30 10:27
| 哲学
2009年 05月 30日
6:00起床、雨。
雨は止む気配がない。 具体的に動くことを旨とする三昧生活で 雨は制約要因である。 もっとも、天候にかかわらず動けばいいのかもしれないが、 なんとなくブレーキがかかってしまう。 天候に合わせてやることを変えるのがひまつぶし三昧でもあるので、 何もやることがなければボーっとしているのもいい。 CL三昧について、このところ、クラリネット五重奏の全楽章を練習するようにしている。 おかげで一応は曲の全貌が見えて、吹ききれそうな自信がついた。 クラリネット中学3年生卒業の来年2月までにはピアノと合わせて演奏できるレベルまで行きたいものだ。 それには毎日の練習を絶やさず続けるしか上達の道はない。 5月1日(金)の朝このブログに書いた「人生の6小節」は母の人生とも重なった。 マニ車を廻すように日々CLの練習に精進しようと思う。 それが母へのレクイエムでもある。 ▲
by wammy
| 2009-05-30 06:31
2009年 05月 29日
5:50起床、雨。
久し振りの本格的な雨で、インゲン苗の葉裏に泥はねがひどい。 今日は5月最後の金曜日。 昨年はこの日を「切り戻しの日」と定め定年退職した。 あれから1年、人生に迷いはない。 哀しい別れは乗り越えてひたすら前へ進む。 過去は振り返らない。 自分に必要な過去は自分で担って一緒に進めばいい。 Cut and Come Again 切り戻せそうすればまた蘇る。 また蘇るために切り戻す。 人生の切り戻しは1回限り。 「人生七転び八起き、84才を起って迎える」 という目標に向かって歩を進めるのみ。 2008.5.30(金)朝 切り戻しの日 編集 | 削除 5:15起床、霧雨。 金魚の餌やり、小金9匹もすっかり慣れて 私の気配を察して寄ってくる。 今日はいよいよ切り戻しの日。 来週から通勤はない。 1日24時間、暇つぶし三昧の生活が始まる。 切り戻しに感傷はあるが、後悔はない。 「人生七転び八起き、84才を起って迎える」 という目標に向かって気負うことなく一歩を踏み出す。 Cut and Come Again 切り戻せそうすればまた蘇る。 また蘇るために切り戻す。 8月のお盆休みにベコニアを根元2cmのところから 切り戻すように、自分の人生の36年分を切り戻す。 ▲
by wammy
| 2009-05-29 06:14
2009年 05月 28日
5:25起床、曇り。
日々は淡々と過ぎる。 ただ、母への日々の電話がなくなったのがさびしい。 このさびしさは自ら動くことによってやわらぐ。 電話で話さなくても母は共にいる。 昨日、庭で洗濯台のコンクリートブロックを移動したら、 そこにヒキガエルがじっとうずくまっていた。 ヒキガエルとの再会は数年ぶりでありうれしかった。 片付けも一段落し家に入った。 その間30分ほどでまたどこかに行ってしまった。 元気であればそれでいい。 おそらくヒキガエルも代替わりしている。 それでも、この庭に共生しているのは楽しいことだ。 またいつか会える。 自然は無言のうちに多くのことを語っている。 私はそれを聴いて順う。 それが三昧生活の基本である。 今朝も金魚に餌をやることから一日をスタートさせる。 ▲
by wammy
| 2009-05-28 06:19
2009年 05月 27日
【問い】
古代の賢者たちが現代に現れたら、社会に受け入れられるだろうか。 【答え】 独自の哲学にしたがって行動する古代の賢者を現代社会は変人扱いし、 おそらく受け入れることはしないだろう。 哲学は理論ではなく実践である。 そのことを現代人は忘れてしまったようだ。 耳順は私の哲学の拠り所である。 還暦以降私は己の哲学に順い生きている。 古代の賢者の哲学は私の中で息づいている。 これからも哲学を拠り所に活き活きと生きる。 宗教は独善的である。私の拠り所にはなりえない。 ▲
by wammy
| 2009-05-27 10:28
| 哲学
2009年 05月 27日
5:15起床、曇り。
昨日は午前中CL三昧のあと10時から 自転車屋に出向きMTBの輪行方法を学んだ。 後輪の着脱には手間どったが何とかコツはつかめた。 これからは短時間で輪行できるように練習する必要がある。 輪行が苦にならなければ行動範囲はグンと拡がる。 夏のツーリングまでまだ時間がある。 6月からMTB三昧に時間を注ぐ。 午後ケールの苗を庭の空スペースに移植した。 今朝はシャンとしている。 収穫期のミニ大根、ぬか付けにしてもおいしい。 庭ものを何かしら収穫して食べるのは楽しい。 人生はどこまで行っても将来の実りのためにある。 人生は過去の思い出ではない。将来への希望だ。 ▲
by wammy
| 2009-05-27 05:55
2009年 05月 26日
【問い】
狂信的な考えが生まれる仕組みはどのようなものだろうか。 【答え】 独裁的権力者から金と地位を得る見返りに服従する。 己の良心より、権力者の指示命令に従うといった仕組みが狂信的な考えを醸成する。 現代社会はこのような仕組みが数多存在する。 巧妙に偽装された仕組みも数多い。 金で魂を売ってはならない。 金で魂を売ってしまった人についていってはならない。 人は簡単に見極められるわけではないので、やみ雲に人を信用してはならない。 ▲
by wammy
| 2009-05-26 16:10
| 哲学
2009年 05月 26日
5:15起床、晴れ。
放射冷熱現象で肌寒い朝だ。 植物は生気を取り戻しシャンとしている。 3日ぶりの自宅の朝だ。 昨日は8時過ぎ名古屋を発って一気に帰京した。 平日午前中であり渋滞は皆無、快適なドライブであった。 孫連れの次男夫婦には感謝感謝である。 人生は喜怒哀楽の内に生きてこそすばらしい。 そんなことを感じた名古屋行きであった。 亡き母も共に楽しんだと思う。 2日ぶりにみる我が家のベゴニアセンパフローレンスは ピンクの花も鮮やかに一回り大きくなっていた。 私はベゴニアセンパフローレンスを他のベゴニアと分けるために ベコニアとゴと濁らずに表示している。 私のベコニアはベゴニアセンパフローレンスである。 ▲
by wammy
| 2009-05-26 05:52
2009年 05月 25日
5:15起床、曇り。
今朝も名古屋にいる。 昨日は曽祖母と玄孫の歴史的邂逅に立会うことができ、 大満足の1日であった。 面会は30分ほどで終わり、 義弟の奨めで近親者とともに「なばなの里」にいった。 そこはベゴニアの温室を一番の売りにしている植物園で 手入れも行き届いて気持ちいい空間であった。 ベゴニアは巨大ベゴニアが多く、その色の洪水には圧倒された。 私の愛する一般的なセンパフローレンスベコニアは皆無に等しかった。 センパフローレンスベコニアはわが花として我が家で育てる。 昨日の昼食は味噌カツと手羽先、夕食には味噌スキを食べた。 上がりにきしめんを鍋に入れて名古屋名物を食べつくした。 今日は東京へ帰る。 ▲
by wammy
| 2009-05-25 05:21
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