5:20起床、晴れ、明星が冴え冴えと輝き美しい。
大連立の折衝経緯が下掲の記事に詳しく載っている。
印象的なのは民主党代表小沢が連立政権からの公明党外しを求めたのに対し、
首相福田はこれを拒否したということだ。
結婚話で言えば、結婚を機に愛人と別れてくれと言ったのに、
相手がそれを拒否したということだ。
それでは、大連立は端からうまく行くわけない。
自公のぬきさしならない関係が見えたことは国民にとってよかった。
首相福田は「共生」という言葉で公明党とのもたれあい関係への思いも込めたのだろう。
今度は「共生」について、民主党代表小沢と首相福田との認識の違い、
そこから発するパワーの差を書き記そうと思う。
読む政治:検証・大連立 小沢代表・森元首相「密談」
◇「小沢さんが副総理か」「そういう感じもある」
大連立政権がテーマとなった党首会談に先立ち、小沢一郎民主党代表と森喜朗元首相が会談し、閣僚配分などを協議していたことが分かった。複数の政界関係者が証言した。小沢氏は半数の閣僚を要求し、連立政権からの公明党外しも求め、森氏はいずれも拒否。参院選直後から始まり、福田政権誕生で一気に加速した大連立構想を検証した。
◇小沢氏「閣僚は自民と同数で」
小沢氏は11月7日の会見で、大連立について「さる人」から頼まれ、首相の「代理人」と協議したことを明らかにした。関係者によると「さる人」は渡辺恒雄・読売新聞グループ本社会長兼主筆で、「代理人」は森氏。
森氏は10月25日、官邸で福田康夫首相と打ち合わせ、その日のうちに東京都内のホテルで小沢氏と会談した。
森氏は「連立話になると閣僚の配分となるが、どう考えるか」と意見を求めた。小沢氏は「自民と民主は対等にすべきだ」と答えたという。森氏は「全く対等なのはおかしな話だ」と反論。小沢氏は「そこまで(完全に)対等というのではない」と述べたようだ。
森氏が「あなたが無任所の副総理で入閣ということか」と問うと、小沢氏はこう言ったという。
「そういう感じもある」
微妙な物言いに前向きな姿勢がにじんだ。
その後、閣僚配分は国会議員数の比例配分を基準にする方向になった。民主党には副総理、厚生労働相、農相などが配分される見通しになった。
一方、関係者によると小沢氏は「連立から公明党を外さないとダメだ」と要求。森氏は「それは無理だ。自公あっての民主党との大連立だ」と拒んだ。公明党問題は党首会談まで持ち越され、福田首相は拒否した。
党首会談は10月30日と11月2日。2回目の会談で大連立政権へのプロセスで両氏の違いが出た。首相が「まずは政策協議をやろう。そうすれば信頼関係ができて、大連立になっていくかもしれない」との意向を示した。
これに対し小沢氏は「連立を決めてくれ。連立ができれば何でもできる」と連立の確約にこだわったという。小沢氏は民主党から閣僚を出し、参院選で公約した政策の実現を図ろうとしたものとみられる。
大連立構想は民主党の反対で決裂。どちらが大連立を持ちかけたかという点について首相は「あうんの呼吸」と述べた。小沢氏は自分が主導的に持ちかけたという報道について強く否定した。
毎日新聞 2007年12月12日 東京朝刊