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2006年 08月 23日
今から7~8年程前と思うが、図書館で借りた坂東眞砂子著「旅涯ての地」をそのストーリーのおもしろさに魅かれ2巻一気に読んだ記憶がある。その後、「道祖土の猿嫁」も立て続けに読んだ。更にこの作家の作品を読みたいと思ったが、目にする作品はホラー小説ばかりで、読む気が起きず今日に至った。
先日「きっこの日記」を見ると坂東眞砂子が日経新聞に載せたエッセイ「子猫殺し」について書かれていた。これを読み更に事実関係を追いながらネットにある関連情報を読み進むうちに愕然とするとともに、坂東眞砂子の心根の在り様を知り悲しい気持ちになった。 坂東さんはホラー小説をのめり込むように書きすぎていつしか、現実とホラーの境界が分からなくなってしまったのだろうか。しかし、実生活のエッセイが一番のホラー作品であるとは洒落にもならない。 坂東さん、子猫殺しを正当化するホラーエッセイの主人公からは抜け出して、一刻も早く実社会に復帰しましょう。 きっと悪い夢を見たのですよ。そうとしか考えられません。 それにしてもこのエッセイの中の言葉を、猫⇒人、人⇒悪魔、私⇒大悪魔の私と置き換えてみるとシリアスなホラーになってしまうし、とても容認できるところではありません、。 8/18付け日経新聞プロムナード欄 子猫殺し 坂東眞砂子 こんなことを書いたら、どんなに糾弾されるかわかっている。 世の動物愛護家には、鬼畜のように罵倒されるだろう。 動物愛護管理法に反するといわれるかもしれない。 そんなこと承知で打ち明けるが、私は子猫を殺している。 家の隣の崖の下がちょうど空地になっているので、生れ落ちるや、 そこに放り投げるのである。 タヒチ島の私の住んでいるあたりは、人家はまばらだ。 草ぼうぼうの空地や山林が広がり、そこでは野良猫、野良犬、 野鼠などの死骸がころころしている。 子猫の死骸が増えたとて、人間の生活環境に被害は及ぼさない。 自然に還るだけだ。 子猫殺しを犯すに至ったのは、いろいろと考えた結果だ。 私は猫を三匹飼っている。 みんな雌だ。 雄もいたが、家に居つかず、近所を徘徊して、やがていなくなった。 残る三匹は、どれも赤ん坊の頃から育ててきた。 当然、成長すると、盛りがついて、子を産む。 タヒチでは野良猫はわんさかいる。 これは犬も同様だが、血統書付きの犬猫ででもないと、もらってくれるところなんかない。 避妊手術を、まず考えた。 しかし、どうも決心がつかない。 獣の雌にとっての「生」とは、盛りのついた時にセックスして、子供を産むことではないか。 その本質的な生を、人間の都合で奪いとっていいものだろうか。 猫は幸せさ、うちの猫には愛情をもって接している。 猫もそれに応えてくれる、という人もいるだろう。 だが私は、猫が飼い主に甘える根元には、餌をもらえるからということがあると思う。 生きるための手段だ。 もし猫が言葉を話せるならば、避妊手術なんかされたくない、子を産みたいというだろう。 飼い猫に避妊手術を施すことは、飼い主の責任だといわれている。 しかし、それは飼い主の都合でもある。 子猫が野良猫となると、人間の生活環境を害する。 だから社会的責任として、育てられない子猫は、最初から生まないように手術する。 私は、これに異を唱えるものではない。 ただ、この問題に関しては、生まれてすぐの子猫を殺しても同じことだ。 子種を殺すか、できた子を殺すかの差だ。 避妊手術のほうが、殺しという厭なことに手を染めずにすむ。 そして、この差の間には、親猫にとっての「生」の経験の有無、子猫にとっては、殺されるという悲劇が横たわっている。 どっちがいいとか、悪いとか、いえるものではない。 愛玩動物として獣を飼うこと自体が、人のわがままに根ざした行為なのだ。 獣にとっての「生」とは、人間の干渉なく、自然の中で生きることだ。 生き延びるために喰うとか、被害を及ぼされるから殺すといった生死に関わることでない限り、人が他の生き物の「生」にちょっかいを出すのは間違っている。 人は神ではない。 他の生き物の「生」に関して、正しいことなぞできるはずはない。 どこかで矛盾や不合理が生じてくる。 人は他の生き物に対して、避妊手術を行う権利などない。 生まれた子を殺す権利もない。 それでも、愛玩のために生き物を飼いたいならば、飼い主としては、自分のより納得できる道を選択するしかない。 私は自分の育ててきた猫の「生」の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した。 もちろん、それに伴う殺しの痛み、悲しみも引き受けてのことである。
by wammy
| 2006-08-23 20:42
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