5:00起床、雨。
窓を開けて耳をすませば聞える静かな雨だ。
今年は台風もなく、キクイモはまっすぐ天ををめざし
黄色の花をたくさん咲かせている。
この雨で植物は乾きから逃れ活き活きとする。
ありがたい雨だ。今年はそう感じる。
今日で9月も終わる。
政権が変わって1月が経過した。
首相鳩山は国民の声を政策に反映しようとダイナミックに動き出した。
「君主の人格がちがえばおのずと政治はちがってくる」
去年は麻生、一昨年は福田、これまでの自公政権下で
日本の君子たる首相はひどすぎた。
戦後60年を経てやっと実現した政権交代である。
上下和して憲政を常道に戻す不断の努めを続けねばならない。
「人知らずしていきどおらず、亦君子ならずや」(論語:学而第一)
人が自分のことを認めないからとイライラせず、泰然自若として
天(国民)の声をきける場所に格(いた)ろうとする不断の努めを行う。
それが君子である。
一丁目一番地の孔子の教えを私はこのように理解した。
首相鳩山は期待できる。
2008.9.30(火)朝 異常な憲政を常道に戻す唯一の方法 編集 | 削除
5:40起床、雨。
この時期の秋雨はもの悲しさがあって、
北海道の秋雨を想い起される。
今日で9月も終わる。
下にコピペしたのは昨年の同日のブログである。
昨日の首相麻生の演説は国民に対する所信表明になっていない。
麻生は自民党総裁として喚いているだけで、首相としては何もない。
(以下、去年のブログから名前を福田から麻生に変えてそのまま引用)
「首相になった麻生はこれまで天(国民)の声をきける場所に格(いた)ろうとする
不断の努めをしてきたのか。
首相麻生は己の人格が首相に相応しいかを衆議院解散によって
速やかに国民の信を問え。
それが異常な憲政を常道に戻す唯一の方法だ。」
2007.9.30(日)朝 異常な憲政を常道に戻す唯一の方法
4:40起床、雨。
昨日の雨からすっかり秋めいてしまって、
風呂に入り蒲団をかけて寝るのが
気持ちいい季節になった。
快眠したため、いつもより早く起き出してしまった。
起き出して、読み止しの宮城谷昌光の『王家の風日』を読む。
その最終章に、周の王 発が、商の相であった箕子に
天の常道とは何か教えを請うたところ、
著者は箕子にこう言わせた。
「君主の人格がちがえばおのずと政治はちがってくるのです。
ただしその人格とは本人でさえ私有できない人格です。
人格とはもって生まれた位ではありません。
野にも人格者はいます。もともと人格とは、人が神の、
いや天の声をきける場所に格(いた)ろうとする不断の努めをいいます。
君主の努めぶりをみて人民がまたそれぞれの場で努める。
こうして国の上下が和して、常道がつくれるのです。」
今の日本、憲政の常道は行われているか。
首相になった福田はこれまで天(国民)の声をきける場所に格ろうとする
不断の努めをしてきたのか。
首相福田は己の人格が首相に相応しいかを衆議院解散によって
速やかに国民の信を問え。
それが異常な憲政を常道に戻す唯一の方法だ