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2012年 02月 02日
6:30起床、晴れ。
6日間のインド旅行を終え、昨朝10時に帰宅した。 今回はデリー、ベナレス、アゴラの三都市を巡った。 今回の旅では生死を見つめさせられた。 ガンジス河の沐浴風景、火葬場、タジマハール。 インドにはお体裁ではない現実がある。 その混沌たる現実に眩暈がしそうだ。 悟りだとか神だとかは現実を前に吹っ飛んでしまうかのようだ。 野良牛、野良豚、野良犬はどこにでもいる。 野良牛の糞は円盤状に成形して天日干しされ、日々の煮炊きの燃料とされる。 バスの車窓から視るといたるところにこれらがうずたかく積まれていた。 野良牛がいなければその日の煮炊きもままならない人が沢山いる。 それがインドの現実である。 インドはゴミがいたるところに散乱していて汚い。 しかし、そのほとんどは腐敗しないビニール類だ。 要は野良動物が食べられないもの、燃料にもならないもの、それがインドの町に吹きだまっている。 牛糞と原子力。その隔たりに呆然とした。 # by wammy | 2012-02-02 07:21
2012年 01月 27日
4:45起床、晴れ。
寒い日が続く。 今日はこれから出かける。 昨日はCLの練習と旅行の準備で過ごした。 雪もほぼ融けて、路面凍結の心配もなさそうだ。 それでもしっかりと注意していこう。 それでは。 # by wammy | 2012-01-27 05:22
2012年 01月 26日
5:35起床、晴れ。
結露がびっしりとできて寒い朝だ。 予報によれば当地の早朝の最低気温はマイナス4℃とのこと。 雪がキンキンに冷やしている。 昨日は10時過ぎても道路の氷が融けていないところがあったこともあって、外出は自重し、 専ら室内でCLの練習に専念した。鍛練のおかげで指の動きと息のタイミングが合ってきたように感じる。更に練習してつっかえる箇所を一つ一つつぶしてミスタッチを失くすことが必要だ。絶対に出来るようになるという信念で鍛練を積む。 午後はチューブトレーニングに行かず、錦織選手の全豪テニスの試合をテレビ観戦した。こうした重要な試合はビデオではなく実況中継をリアルタイムで視るのが一番である。 残念ながら錦織選手は最後力尽きて敗れてしまったが、その戦いぶりは世界のトップクラスであった。今後の活躍が楽しみである。やはり世界を相手に戦う日本のスポーツ選手を視るのはそれだけでわくわくする。それこそ、世界の中で日本を同郷とする好である。 テレビのビデオ視聴は従来のプッシュ型からプル型に変わるという考えから、「プッシュ型プル型」という言葉を検索したところ、デロイトトーマツのホームページで下掲記事に出会った。 確かに「テレビは受動的な存在」であり、「視聴者の受身の習慣」は惰性で続くだろう。 しかし、過去一か月分の全番組から簡単に検索して視聴できるとなれば様相は一変する。 インターネットで選択的な情報リテラシーを学んだ世代を中心にテレビのビデオ視聴は急速に拡大するだろう。「テレビの番組選びもプッシュ型からプル型」が時代の趨勢である。 <以下引用> 2011.05.19 テレビの番組選びは、プル型よりもプッシュ型 著者: デロイトリサーチ編著/監訳・訳注:池末成明、奈須圭司、辻田悠/翻訳:トーマツTMTインダストリーグループ テレビはプッシュ型 視聴者が自ら番組を選び出す「プル型」は、例外的な行動様式であり、2011年にはさらに影を潜める。番組検索機能を内蔵した「プル型」のテレビが何千万台と売れているにもかかわらず、大多数の視聴者は従来の「プッシュ型」、つまり各局が決めた番組表に沿ってテレビを視聴している。テレビやセットトップボックスに組み込まれたリコメンデーションエンジンをプッシュする番組の選択枝はさらに増える。テレビやセットトップボックスに内蔵されたリコメンデーション・アプリケーションの利用が広がるからだ。このアプリケーションの多くは、視聴者の視聴履歴を利用して興味のありそうなコンテンツを選択して表示するサービスである。 訳注: セットトップボックス:CATVを視聴するときに設置するチューナのような装置。テレビの上に設置する視聴が多いことからこの名称がある。セットトップボックスは、テレビの視聴の新しい可能性を生み出す装置として注目を集めている。 リコメンデーション:各ユーザごとに興味のありそうな情報を選択して表示するサービス。 このトピックスは、デロイト トウシュ トーマツの情報・メディア・通信(TMT:Technology, Media and Telecommunications)グループが編集した『Media Predictions 2011』から、テレビ視聴者の視聴行動に関する予測と提言を意訳したものである。また、このトピックスは主に欧米市場の調査にもとづくものである。なお、訳注の意見の部分は監訳者の私見である。 プル型で選ぶことは面倒なこと 番組の検索方法は、実にさまざまである。画面上のメニューから選ぶだけの簡単な検索アプリから、編成蓄積されたコンテンツを広く横断検索する高性能機能など、多岐にわたっている。にもかかわらず、番組検索を実行する視聴者は、検索の必要性を感じないがゆえに、増加しない。今日の視聴者は、コンテンツを引き出す検索機能を評価するかもしれないが、利用者は少ないのでプッシュ型のコンテンツが利用され続けることになる。これはテレビという媒体がもともと受動的な性質を備えていることに起因する。マーシャル・マクルーハンが『メディア論―人間の拡張の諸相』(”Understanding Media-the Extensions of Man” みすず書房, 1987年)の中で「テレビは視聴者に双方向性を求めめる“クールな”メディアである」と言ったのは有名な話だが、実際にはリモコンなどの発明が、テレビ視聴者を非常に怠慢にしてしまった。ビデオショップができて視聴者が初めて自ら自分が視聴するものを選べるようになってからでも、視聴者がレンタルショップでコンテンツを探すことは時々にすぎない。90年代にビデオテープやビデオレコーダーのレンタル価格が下がり、この10年でDVDの価格が下落しても、レンタルビデオの利用は増えなかった。今でも家庭でレンタルするDVDは、せいぜい月に2、3本である。選ぶことは面倒なことなのだ。 プル型が普及しない原因には価格も 「プル型」行動の増加には、価格が主な妨げとなっている。最新式の検索機能を備えたテレビやセットトップボックスは、別売りのプロセッサーやメモリーストレージを必要とするので、小売価格に対して最低50ドル(または1割増し)の追加費用がかかる。ローエンドモデルにとって、この追加費用は販売の妨げとなる。新しく次のテレビを買おうと考えている消費者は、高度な検索機能に余分な費用をかけるぐらいなら、大型テレビの方を選ぶだろう。 またプル型を支える高度なアプリに対応しているインターネットテレビを買う消費者にとって問題となるのは、不可欠の周辺機器やユーザーインターフェイスである。このようなテレビは標準のテンキーパッドを装備しているが、それでは検索画面への入力がむずかしい。QWERTYキーパッドにアップグレードすればよいのだが、価格が高すぎる。それに、現在出ているキーパッドは、あまり形がよくないし便利でも使いやすくもない。2011年、視聴者が“引き寄せたくなる”のはプル型検索のテレビではなく、くつろぐための椅子にちがいない。 Bottom line テレビは受動的な存在 テレビの技術は常に中心的な役割を果たしてきた。テレビ放送が始まって以来、技術革新によって、テレビは白黒からカラーへ移行し、画面サイズや解像度は10倍も向上し、新しいチャンネルが次々に生まれた。ただ、ひとつだけ変わらないことがある。それは、多くの人たちにとって、テレビが受動的な存在であり続けている点だ。 技術を押しつけることは不可能 視聴者は選択肢があることを喜ぶが、ほとんどそれを使わない。見たい番組を選べる多機能装置を持っている人々の間でも、双方向性といえばリモコンでチャンネルを選ぶことぐらいで、もっとも先を行く人でもせいぜいDVRに録画したメニューから番組を選ぶぐらいである。技術が進歩しても、このように身に染みついた習慣はすぐには変わりそうにない。技術は不可能を可能にする。だがその技術を押しつけることはできない。 視聴者の習慣 テレビは、情報供給技術あるいはコンテンツ供給ツール以上の存在でありつづけるだろう。多くの家庭にとっては家族団欒の中心であるし、多くの個人にとっては友達や同僚との雑談の話題となる。膨大な新聞情報やウェブ情報がテレビ番組で取り上げられ、何を見るべきか視聴者を扇動し続ける。そして世界最強の検索アルゴリズムをしても、少なくとも2011年のうちには、視聴者の受身の習慣はくつがえされない。 若い世代に期待 若い世代は、プル型のコンピュータ検索とともに育ってきた年代なので、プル型の習慣をお茶の間にまで持ち込むかもしれない。しかし、その習慣が大多数の人に広がるのには、まだ何年もかかるであろう。 以上 # by wammy | 2012-01-26 06:35
2012年 01月 25日
6:25起床、晴れ。
雪づけの朝。肌寒さをつき抜けた底冷えの寒さだ。 昨日は道にも雪が残っていたため車での外出は控えた。 午前中は屋根雪崩や雪かきの音を聴きながらCLの練習を行う。 午後からは散髪に行った。 晩酌は「井筒長」を開封。シミ渡る感覚を味わえる酒だ。 テレビはビデオ視聴。過去の番組も番組表をクリックすればすぐに視れるというのはありがたいことだ。 今朝も約30分遅れで6時からのニュースを視た。 この後、番組一覧を閲覧しながら興味を魅かれた番組を視るとしよう。 ビデオ視聴において番組表は図書館の書籍検索カードと同様の意味合いを持つ。 ビデオ視聴が一般化すれば番組構成や番組制作面も大きく変わる。 昭和30年代のテレビ普及期に次ぐテレビ変革期は必ずやってくる。 そうでなければ、地上デジタル放送にした価値が無くなってしまう。 # by wammy | 2012-01-25 07:32
2012年 01月 24日
6:15起床、晴れ。
雪が10cm近く積もっている。 清々しい朝だ。 朝日に輝く雪景色がもうすぐ見れる。 昨日のCL練習はA管でモーツァルトの五重奏曲の第一楽章を久し振りにさらった。 舞台に上がって演奏するにはまだまだ時間がかかる。 それでもその希望を持ち鍛練を続ける。CLを始めた動機がそこにあるのだから。 ガラポンTV関連ページにテレビ番組の人気ランキングが載っていたので、その番組を中心に視聴した。日頃視ないドラマもビデオだったら都合のいいときに視ることが出来る。しかも、口コミ評価が高いとなると視ておこうという気持ちになる。実際に視た番組はどれもしっかり作ってあり見ごたえがあった。そうなるとまた人気ランキング高い番組を観たくなるものだ。 これまではテレビ局は視聴率を手がかりに番組制作を行ってきた。しかし、これからは人気ランキングとか口コミでの評価を手がかりとするようになるだろう。ガラポンTVはその可能性を現実のものとした。テレビのビデオ視聴が一般化するとテレビ視聴スタイルは一変する。 番組制作者サイドもビデオ視聴を前提にした番組作りをするようになるだろう。 二か月分ストックされたテレビ番組を視聴者が自由に選択して視れるというのはすばらしいことだ。 # by wammy | 2012-01-24 07:18
2012年 01月 23日
5:40起床、曇り。
結露がすごい。寒い朝だ。 昨日はCLの練習をクローゼのエチュードに戻して行った。 午後から今度参加予定のインドツアー説明会に行く。 タジマハールとガンジス川を観て見たい、実際のインドを体感したいとの思いが強い。 旅の楽しさは現地の空気に触れ感じることにある。 「意欲があり、動き回れる間に何でも見てやろう」が我が耳に聴こえる。耳順うべし。 晩酌は「八重桜」と「亀の海」をあわせ呑んだ。 酒造に行って現地で買った本醸造酒はその地を思い出させてくれる。 人間の持つ五感はすべて第六感を元としてつながっている。 日々の生活の中で第六感を養う。第六感を養う生活が必要である。 # by wammy | 2012-01-23 06:03
2012年 01月 22日
6:40起床、雨。
3日続きの雨、恵みの雨だ。 昨日は夕刻から演奏会があって、午前中は個人で、午後からはリハーサルとCL漬け三昧の一日であった。 夜は8時半から打ち上げ。家に帰り着いたのは0時近かった。 20代から80才まで老若男女が相集いハーモニーを醸しだす。 指導者のお陰もあって実に楽しく過ごすことが出来る。 楽器演奏での結びつきは心地良い。 これからもこの集まりを大切にしたい。 CLは生涯の友であり仲間と結びつける絆である。 それを実感できた一日であった。 「幸福論」を著したアランは「幸せになりたい人は舞台に上がらなくてはならない」と言った。この言に耳順い、これからも演奏の舞台に上がるとしよう。 # by wammy | 2012-01-22 07:27
2012年 01月 21日
6:05起床、雨。
雨の大寒となった。 今日はCLの演奏会でもある。 夜は打ち上げ新年会。長い一日になりそうだ。 昨日はCLの追い込み練習中心に過ごす。 まだ指が回らない箇所がある。 繰り返し練習しているがなかなか出来るようにならない。 出来ないことを出来るようにすることが将に能力開発だ。 あきらめずに鍛練を続けるとしよう。 晩酌は雛人形の岩槻に行った際買い求めた「九重桜」を開封。 ハリがあってなかなか旨い酒だ。 肴は天然ブリ大根。燗酒との相性がいい。 「佐久の花」呑了。フルーティな味わいであった。 地酒・本醸造酒の燗酒三昧はまだまだ続く。 続ける喜び、続けることができる喜びは何物に変えがたい。 # by wammy | 2012-01-21 07:15
2012年 01月 20日
5:55起床、雨。
霙交じりの久し振りの雨だ。 庭の土の部分はうっすらと白くなっている。 大寒を明日に控え、植物も一息つける恵みの雨となってほしいものだ。 昨日はYOGAは行かずにJA巡り三昧に出かけた。 秋野菜もそろそろ底をついたようだ。 結局、最初のJAでは酒かすを、二番目のJAでは白菜にとどめ、 最後のJAで大根、長ネギ、小松菜、ホウレン草と買い求めた。 太い長ネギ4本で150円。 長ネギの苗を買って来て植える意欲をそがれる価格であり出来栄えである。 締めに寄ったスーパーでも同様の地場の長ネギがあったのでそれも購入した。 これからしばらくは長ネギ三昧の食事が続く。 JAめぐりは心を豊かにしてくれる。 CLは21日の演奏会に向け追い込みの練習に集中した。 晩酌は「亀の海」を開封。 これも佐久市の地酒の特徴である端麗な飲み口であった。 大根のおでんを肴に「佐久の花」と合わせて呑んだ。 お猪口はベトナムのバッチャン焼。 それぞれの思い出が一つになった。 思い出は頭を駆け巡るのではない、心を満たす。 # by wammy | 2012-01-20 06:22
2012年 01月 19日
7:15起床、曇り。
今朝は4時半頃目が覚めたが、再度寝たところ寝坊した。 曇っているが雨になることはなさそうだ。 昨日はチューブトレーニングに行った。 筋肉をしっかり伸縮させた後の爽快感があった。 これからも続ける 晩酌は澤乃花呑了。肴にはスーパーでおろしてもらったホウボウの刺身。 心地よい酔いが広がった。 幸せとは一つ一つの小さな経験の中にある。 自分が動いていることそれが幸せである。 CLの練習ではリードを3から3半に上げたところ音のハリが出た。 高温部も出しやすい。 少し上達したような気分で練習が出来よかった。 一枚のリードにも幸せの種は宿っている。 # by wammy | 2012-01-19 08:09
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